「イノベーション推進室」が解決にならない理由|大企業でゼロイチが立ち上がらない3階建ての構造

「イノベーション推進室」が解決にならない理由|大企業でゼロイチが立ち上がらない3階建ての構造

ある大企業の会議室で、新規事業の起案者がプレゼンを始めます。

スライドの3枚目で、決済者から質問が飛びます。

「市場規模はいくらですか」「3年後の売上見通しは」「既存事業とのシナジーは」

答えに窮した瞬間、その企画は事実上、棚に戻されます。

私自身、個人で上場企業から業務委託の仕事をいただいてきた経験と、スタートアップに身を置いて大企業と一緒に仕事を進めてきた経験があります。どちらも、大企業の組織を内側からではなく、外から、あるいは仕事の相手として観察してきた立場です。冒頭のような景色を、形を変えて何度も目にしてきました。そしてある時からこう考えるようになりました。

大企業からゼロイチが生まれないのは、人が劣化したからでも、文化が荒んだからでもありません。構造的にそうなっています。今回は、その構造を私なりに整理して書きます。同じ景色を見ている方の頭の整理に、少しでも役立てば嬉しいです。

まず、起案者が最初にぶつかる「稟議書」という関所

大企業で新規事業を立ち上げようとすると、最初にぶつかるのが稟議です。

稟議書に書く欄は、おおむね決まっています。市場規模、想定売上、3年後・5年後の事業計画、必要投資額、既存事業とのシナジー、競合分析、リスクと対策。

これらの欄が前提にしているのは、「答えがすでにある事業」を稟議に乗せる思想です。市場規模が見えていて、売上が読めて、既存事業との関係が説明できる事業。それを審査する仕組みです。

しかしゼロイチは、その前提に乗りません。

ゼロイチとは、当たるか外れるか分からない仮説をぶつけて、市場の反応を見て、また次を試す活動のこと。PMF(プロダクト・マーケット・フィット)を取りに行くまでは、市場規模も売上見通しも、書こうとすれば書けますが、書いた瞬間に嘘になります。

それでも稟議書には欄があるので、起案者は埋めようとします。なんとなく根拠を作って、数字をひねり出して提出する。決済者はその数字を見て、現実離れしていれば落とす。現実的に書けば、今度は「規模が小さい」「既存事業とのシナジーが弱い」で落とす。

通るのは、結局のところ「答えが見えている、つまりゼロイチではない事業」だけになります。これが、最初の構造です。

イノベーション推進室を作る、その先で何が起きているか

最近は、多くの大企業がイノベーション推進室を立ち上げています。新規事業開発室、ビジネスインキュベーション室、X Lab、呼び方は色々ですが、目的はだいたい同じ。本体ではゼロイチが起きないので、特区のような組織を作って、そこに新規事業を任せる、という発想です。

ここで本音を書きます。

イノベーション推進室を作ったこと自体が、「本体ではゼロイチが起きません」と白状しているのと同じです。本体で起こせるなら、特区を作る必要はありません。特区を作るという発想が出てきた時点で、本体の硬直は経営層も自覚しているわけです。

それはまだいい方で、問題はその先で起きます。

推進室ができたあと、メンバーが何をやっているかというと、推進室の中で手を動かしてゼロから作るのではなく、どこかの外注先に丸投げしているケースが少なくありません。「弊社のイノベーションパートナーとして、御社にお願いしたい」と外部のベンチャーやコンサルに打診し、企画書を書かせ、PoCを発注し、報告会を開く。

私はこれを否定したいわけではありません。外部リソースを使うこと自体は、選択肢として正しい場合もあります。

ただ、ゼロイチを外注に丸投げした時点で、それはもうゼロイチではないということです。外注先は売上が立つ仕事しかやりません。発注書に書かれたスコープでしか動きません。「思いついたから明日試してみよう」「うまくいかないからピボットしよう」というスピードと裁量は、契約のかたちと相性が悪いのです。

推進室の中の人も、外注先の進捗報告を社内に上げているうちに、手を動かして作る感覚を失っていきます。気づいたら、本体の管理職と同じ仕事をしている。「外注をマネジメントする」役割になっている。

これでゼロイチが立ち上がるはずがありません。

その奥にある、株主還元という見えない圧力

稟議文化と推進室の問題は、現場・組織のレイヤーで起きていますが、その奥にもう一段、見えにくい圧力があります。それが株主還元の論理です。

上場企業は、利益を株主に返し続けないといけません。配当を増やすか、自社株買いをするか、いずれにせよ利益を株主に還流させるのが上場のルールです。

ここで、利益を増やす方法は2つしかありません。売上を増やすか、コストを下げるか。

売上を増やす王道は、新規事業を当てることです。しかし、ゼロイチは当たるか外れるか分からない。5回試して1回当たれば良い世界で、4回分のコストは数字上「ムダ」になります。これは、四半期ごとに数字を出さないといけない上場企業の経営に、極めて居心地が悪い。

そうなると、確実に利益を増やせる方向、つまりコスト削減と既存事業の生産性向上に経営の関心が寄っていきます。これも構造として自然です。誰かが悪いわけではありません。

ところが、コスト削減が組織の文化として根づくと、新しいチャレンジは「コストでしかない活動」として見られるようになります。既存事業に傷をつけるリスクは絶対に取らない、という規範ができあがります。

ここで、稟議文化と推進室の話に戻ります。稟議で落とされる、推進室を作っても外注に流れる、その根っこにはこの株主還元の論理があるわけです。3階建ての一番下に、この見えない圧力が敷かれています。

これは上場企業に限った話ではありません。非上場の大企業、たとえば大手SIerや大手製造業の子会社でも、似た力学が働きます。違うのは「株主還元」ではなく「減点主義の人事評価」と「長期取引先を傷つけない既存事業の保護」ですが、構造としては同型です。

失敗がそのまま「看板」を傷つける、という重力

3階建ての話とは別に、もう一つ、大企業がゼロイチを起こしにくい理由があります。

それは、失敗がそのまま会社の看板を傷つける、という現実です。

スタートアップが3つピボットしても、誰もそのスタートアップを攻めません。「ピボットする力がある会社」とむしろ評価されたりします。

しかし大企業が新規事業を3回やって3回撤退すると、ニュースで取り上げられ、株主総会で追及され、社員のあいだでも「あの企画は失敗した」という記憶が残ります。経営者の評価にも響きます。

この重みは、現場の起案者にもじわじわ伝わります。「ご自身の名前で出した企画が、もし会社の名前に傷をつけたら」と考えた瞬間に、提案できる範囲は狭くなります。保守的な企画しか上がってこなくなるのは、起案者の能力の問題ではなく、看板の重さに比例して上がってくる自然な反応です。

成長期、成熟期、と企業のフェーズが進むほど、この看板は重くなります。重くなるほどゼロイチは出にくくなる。これが、3階建ての構造の上に乗っているもう一枚の重力です。

スタートアップ側の景色は、まったく違っている

ここまで大企業の話を書いてきましたが、スタートアップで起きていることを並べてみると、判断軸が驚くほど違うのが見えてきます。

スタートアップの初期は、PMFが取れるかどうかが分からない前提で動きます。市場規模を聞かれたら、「このぐらいの規模感がありそう」となんとなく根拠を作って答えますが、それはあくまで投資家への説明用で、社内ではあまり信じていません。

社内で本当に大事にしているのは、仮説をどれだけ早く市場にぶつけて、反応を見て、次を出せるかです。当たるかどうかは、出してみないと分からない。だからスピードで勝負する。3ヶ月で試して外れたら、3ヶ月でピボットする。これを繰り返します。

意思決定は会議1回、というより、会議すらないことが多い。経営者が朝のミーティングで「これやろう」と言って、午後には動き始めている。稟議書という書類は、そもそも存在しない会社も少なくありません。

「ブランドを傷つけたら」という気持ちも、初期スタートアップにはほぼありません。まだ傷つけるほどのブランドが無いからです。これは皮肉ではなく、自由度の源です。

これだけ判断軸が違う組織を、大企業の論理で評価しようとすると、当然うまくいきません。逆に、スタートアップの論理を大企業に持ち込もうとしても、稟議や株主還元の論理に弾かれて消えます。

ここで、**「染み付いた仕事の物差し」**の話に入っていきます。

大企業の物差し、スタートアップの物差し

大企業とスタートアップの違いを一言で表すなら、**「何を物差しにしているか」**の違いです。

大企業の物差しは、市場規模、売上見通し、品質、リスク、サポート体制、既存事業との整合性。**「ハズレを引かないための物差し」**です。当たり前ですが、これは何も悪い物差しではありません。成熟期の事業を効率よく運営し、株主に利益を返し、社員の雇用を守るには、この物差しが正しいのです。

スタートアップの物差しは、まったく違います。

仮説の鋭さ、市場からの反応速度、ピボットの早さ、顧客との距離。「外れてもいいから、当たりの兆しを見つける物差し」です。市場規模より、目の前の顧客が本気で欲しいと言っているかどうか。品質より、明日ユーザーに届けて反応を見られるかどうか。

同じ事業案を、この2つの物差しで測ると、評価が真逆になります。

大企業の物差しでは「市場規模が小さすぎる、却下」となるアイデアが、スタートアップの物差しでは「ニッチに刺さって独占できそう、面白い」となる。

大企業の物差しでは「精度がまだ90%に達していない、リリースできない」となる製品が、スタートアップの物差しでは「動くものを今週中に出してフィードバックを取ろう」となる。

どちらが正しい・間違っているではなく、フェーズに合った物差しを使えるかどうかが、本当の問題です。そして大企業は、ほぼ全員が大企業の物差ししか持っていません。これがゼロイチが起きない最後のピースです。

物差しは、組織だけでなく、人にも染み付く

ここから少し、人にまつわる話に踏み込みます。組織の構造を変えるだけでは、ゼロイチは起きないからです。

大企業に長く勤めた人は、その物差しが体に染み付いています。本人は無自覚です。物差しを使っているという感覚すらないくらい、深く染み付いています。

そういう人がスタートアップに転職してくると、こんな光景が見られます。

会議で新製品の話になると、「市場規模はいくらですか」「品質保証の体制は」「サポートを誰がやるんですか」と聞き始める。

経営者が「いやいや、まだPMF取れてないから、まずは出してみる段階ですよ」と返しても、納得しません。「いや、それは分かりますけど、最低限の品質は必要じゃないですか」と食い下がる。

この食い下がりは、本人にとっては「真面目な業務感覚」です。でもスタートアップから見ると、「売れてから考えればいい話を、売れる前から議論している」状態に映ります。

そして同じことが、大企業の中でも起きています。イノベーション推進室に集められた人たちが、本体の物差しを持ったまま新規事業の議論を始める。経営層も同じ物差しで承認・否認を出す。外形だけ推進室の体裁を整えても、中で動いている物差しは本体のまま。これでは、ゼロイチが起きるはずがありません。

物差しは組織のルールではなく、人の体に染み付いた判断のクセです。ルールを変えても、人の物差しが変わらなければ、組織は動きません。

では、どうすればゼロイチが起きるのか ― 思考の問題と、人選びの問題

ここまで構造の話をしてきましたが、そろそろ「では、どうすれば」の話に移ります。

私の見立てでは、大企業の中でゼロイチを起こすために必要なのは、大きく2つです。

ひとつは、思考の切り替え。具体的には、「まずやってみよう。500万円使って、捨てるつもりでやっていい」と言える経営層・部門長が組織の上にいることです。

500万円という数字は象徴です。要するに、ゼロイチに必要な失敗の予算を、最初から組み込んでおくということ。当たれば回収できる、外れたら勉強料として捨てる、という覚悟をもった人が上にいないと、現場は動けません。「ちゃんと結果を出してくれ」と言っている時点で、現場はゼロイチを諦めて、稟議が通る範囲の小さい話に縮こまります。

もうひとつは、人選びです。これがおそらく一番難しく、そして一番違いが出るところです。

イノベーション推進室や新規事業のリーダーに、上司から見て従順で「かわいい」社員を選ぶと、ほぼ確実に失敗します。かわいい社員は、上司の顔色を見ます。失敗を上司にどう報告するかを考えます。リスクを取りません。

ゼロイチを任せるべきは、むしろ反対の人材です。

口うるさく、上司に反論し、独自のやり方を貫きたがる、ときに扱いにくく、組織の中では浮いて見えるような人。そういう人に500万円捨てる覚悟で任せる方が、当たる確率は遥かに高いです。

なぜか。理由は単純で、そういう人はもともと独自の物差しを持っているからです。会社の物差しに従順な人は、会社の物差ししか持っていません。独自の物差しを持っている人は、市場と直接対話して仮説を立てる力があります。

「あの社員にそんな大事な仕事を任せるなんて、リスクが高すぎる」と感じた瞬間に、その判断は大企業の物差しに引きずられています。そのリスクを取ることそのものが、ゼロイチに必要な経営判断です。

私が外部の立場で関わるとしたら、最初に何をするか

ここまで読まれた方の中には、「うちの会社、まさにこの状態だ」と感じている方もいるかもしれません。

私が外部の立場で大企業のイノベーション推進にお声がけいただいた場合、最初の1〜2ヶ月でやることは、おおむね次の流れです。

最初に確認するのは、経営層に「500万円捨てる覚悟」がどこまで本気であるかです。これがない場合は、何をやっても外注業務のマネジメントで終わるので、率直にそのことをお伝えします。

次に、推進室や新規事業の責任者として選ばれている人材を見ます。従順なエース型なのか、口うるさい一匹狼型なのか。後者であれば、その人を経営層に「守る」役回りで関わります。前者であれば、人選そのものから一緒に見直すことを提案します。

そのうえで、稟議の判断軸を見直します。すべての稟議を変える必要はありません。新規事業に限って、判断軸を「市場規模・売上見通し」から「仮説の鋭さ・検証スピード」に切り替える、という小さなルール変更です。これだけで、現場の動きが変わります。

最後に、評価制度と指揮命令系統を見ます。新規事業に挑戦した人が、失敗したときに評価で減点されないか。誰の意思決定で動けるか。報告の階層が深すぎないか。このあたりに問題があれば、組織図ベースで提案します。

外部の立場の良さは、内側の人には言えないことを言えることです。「その人選はやめた方がいい」「その稟議の通し方では当たりません」「経営層が500万円捨てる覚悟を見せないと、現場は動きません」。こうした提言は、内側の人がやろうとすると、人事評価に響きます。だから外の人間が言う方が機能します。

組織を変えるのは経営者ご本人ですが、その経営者の物差しを切り替えるきっかけになる、というのが、外部顧問の役割だと考えています。

ここまで「大企業」と書いてきましたが、この構造は大企業だけの話ではありません。社員30人を超えて成長期に入ったスタートアップ、地域で長く続いている中堅企業、個人事業を法人化したばかりの会社。規模が大きくなり、社内に階層と稟議が生まれ始めた瞬間から、同じ症状は静かに始まっています。大企業の話として読みながら「うちも、もう半分くらい同じ状態だ」と感じた経営者の方は、深くなる前に一度、組織の物差しを確認することをおすすめします。

まとめ

  • 大企業からゼロイチが生まれないのは、人や文化の問題ではなく、構造の問題です。稟議文化・イノベーション推進室の丸投げ・株主還元の論理、この3階建てが現場の動きを止めています
  • そのうえに、失敗が看板を傷つける重力と、組織と人に染み付いた大企業の物差しが乗っています。これらは経営者一人の意思では動かない、深い層に組み込まれています
  • ゼロイチを起こすには、思考の切り替え(500万円捨てる覚悟)と、人選びの切り替え(従順なエースではなく、口うるさい一匹狼)が必要です。どちらも経営層の判断ひとつで動かせる範囲にあります
  • 内側の人には言えないことを、外の立場から言える人間を、組織の意思決定の近くに置くこと。これが、ゼロイチに最も効く介入のひとつです

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この記事の内容について、現場で整理したい方へ

AI×IoTの技術顧問として、月額契約で継続伴走しています。PoC設計・技術判断・組織設計・ベンダー管理・実装支援まで、現場で動くまで一緒に進めます。受託開発(請負)ではありません。

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About The Author

Hideki
東京大学発AIスタートアップでロボット開発室室長・画像解析室室長・動画解析室室長を務め、画像認識関連のAI特許を在籍中に3件取得。その後、KDDIグループでプロダクトリーダーとして自然言語処理パッケージの自社開発を経て、現在はAGRIST株式会社の執行役員CTO 兼 VPoEとして、農業の人手不足解決に向けた収穫ロボットの開発組織を統括しています。AI・ハード・エレキ・通信・クラウド・IoTまでを一気通貫で設計できる視点を強みに、性能だけでなく「感動やワクワク体験」までデザインできるロボットの研究を進めています。並行して、AI coordinatorとして企業のAI導入・教育機関のAI授業・地域の技術相談を月額契約で継続伴走しています。

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