かざすだけで魚の名前が分かるアプリを、私はすぐ使わなくなった
5年くらい前、スマホをかざすと目の前の魚や生き物の名前を当ててくれるアプリを使ってみました。
技術としては、正直すごい。水族館でかざすと、次々に名前が出てくる。最初の30分は本当におもしろい。
でも、それっきりでした。私はすぐに使わなくなりました。
技術がすごいのに、続かない。この「なんで続かないんだろう」が、ずっと頭の片隅に残っていました。
最近、私が何か作るとしたら何が当たるのかを真剣に考える中で、一度この問いに正面から向き合ってみました。世の中で続いているサービスと、消えていくサービスを並べて観察してみたんです。
これから書くのは、データに基づいた話ではありません。私が既存のサービスを眺めて、私なりに出した一つの結論です。完全な主観です。ただ、私がこれから何かを企画するときには、必ずこの物差しを当てるつもりでいます。
「面白い技術」と「お金を払う理由」は、つながっていない
先に結論を書きます。
「作っていて面白い」「ユーザーが体験して楽しい」——これは、人がお金を払い続ける理由にはなりません。
作り手はここを勘違いしがちです。私もそうでした。技術がおもしろい、デモで歓声が上がる、だからイケる、と。
でも、楽しいと、払い続けるは、別物です。楽しいだけのものは、ぶっちゃけ一度触って満足したら終わります。さっきの魚アプリが、まさにそれでした。
じゃあ人は、何にお金を払うのか。
レストランが街に無数にあって、体験アプリが続かない理由
街を歩くと、レストランや飲食店が無数にあります。なぜあれだけの数が成り立つのか。
答えはシンプルで、人は食べないと死ぬからです。生きるために、毎日お金を払って食べる。だから飲食は、景気が悪かろうが、いつの時代も巨大な市場であり続けます。
ビジネスの一番下には、たいてい「生存」があります。
その上に「安全」や「恐怖」があります。痛い目に遭いたくない、損したくない、危ない目に遭いたくない。ここにも人はお金を払います。
そして一番上に、ようやく「感動」や「楽しさ」が来ます。ここは、よほど強いブランドを作れた一部だけが勝てる世界です。テーマパークのように、世界観そのものに人が並んでお金を払う、あのレベルです。
普通の作り手が、いきなりあの高さで勝負するのは至難の業です。「楽しいから作りました」だけでは、人は財布を開きません。
「痛みの強さ」が、財布の開きやすさを決める
この順番は、身の回りを見るとよく分かります。
人がいちばん迷わずお金を払うのは、生きるために必要なものです。食べ物、住む場所、体の不調を治すこと。ここは値段が多少高くても払います。
次に払うのは、痛い目を避けるためのものです。保険がいい例です。保険は、入っていても普段は何も楽しくありません。それでも多くの人が毎月お金を払う。「もしものとき困る」という不安、つまり恐怖を避けるためです。
そして一番払いにくいのが、楽しさや感動です。面白い、きれい、心が動く。価値はあります。でも「無くても死なない」ので、財布の優先順位はどうしても下がります。
だから、楽しさだけで勝負するなら、よほど強い世界観で「これじゃなきゃ嫌だ」と思わせるしかない。それができる作り手は、ほんの一握りです。
何かを作ろうと考えるとき、私はまず「これは、人のどの痛みに効くのか」を確かめます。生存や恐怖に近いほど、事業として安定します。
登山アプリがあれだけ流行ったのは、「命」が関わっているから
ここで、私がよくできていると感じているサービスがあります。登山用の地図アプリです。
山に登る人の多くが使っていて、しかも、無料アプリの世界では珍しいくらい高い割合で、有料会員になっています。普通のスマホアプリは、ごく一部の人しかお金を払いません。でも登山の地図アプリは、桁違いに多くの人がお金を払っている。
なぜか。
登山には「遭難」という、命に関わるリスクがあるからです。道に迷えば、最悪、死にます。
だから登山者は、歩いている間ずっと、地図を見ています。今どこにいるか、道を外していないか、常に確認しながら登る。これは登山という行為に、もともと組み込まれた「見続ける所作」です。
その「常に見続ける」習慣に、たまたまスマホのGPSと地図がぴったりはまった。電波が届かない山の中でも、現在地が分かる。命を守る道具として、登山者は喜んでお金を払う。
「常に見続けている」ところに、エンタメは乗る
ここが、私がこの登山アプリから学んだ一番大きいことです。
このアプリのすごさは、命を守る実用だけで終わっていないところです。歩いた記録が地図に残り、登った山が積み上がり、写真と一緒に仲間に共有できる。達成感があり、集める楽しさがある。
つまり、「命に関わるから常に見続けている」という土台の上に、「楽しい」を乗せたんです。
順番が大事です。楽しいを先に置いたのではない。見続ける必然があって、その上に楽しいを乗せた。だから毎日開くし、お金も払う。
魚アプリとの違いは、ここでした。魚アプリは、楽しいはあるけれど、命に関わらない。だから、見続ける必然がない。一度満足したら、開かなくなる。
趣味の記録アプリが教えてくれること
「でも趣味の記録アプリで、流行っているものもあるよね」と思うかもしれません。
たとえば釣りの釣果を残して、仲間と共有するようなアプリ。確かに、一定の規模で使われているものはあります。
ただ、釣りは命に関わりません。だから、見続ける必然も、お金を払う強い理由も弱い。記録は楽しいけれど、それは「楽しい」止まりです。
楽しいカテゴリで、継続してお金を払い続けてもらうのは、本当に難しい。継続課金がしっかり成立しているのは、ほとんどゲームの世界くらいです。あれは別格の作り込みと中毒性で人を留めている。普通の趣味アプリが、あの土俵で戦うのは現実的ではありません。
ここでも、さっきの順番の話が効いてきます。命や恐怖という土台がない楽しさは、続かないんです。
プロは、そもそもアプリを必要としない
もう一つ、観察していて気づいたことがあります。「誰がやっているか」で、市場の大きさがまるで違うんです。
登山は、専門家でなくても、誰でもできます。だから、やっている人が数百万人いる。市場が大きい。
一方で、たとえば船。船を持って海に出る人は、全国で十数万人ほどで、しかも年々減っています。そして、その多くが漁師さんや事業者、つまりプロです。
ここが落とし穴でした。プロ向けにアプリを作っても、刺さりにくいんです。
理由は二つあります。一つは、単純に数が少ない。もう一つは、プロは長年の経験と勘で仕事を回していて、アプリに判断を手伝ってもらおうと思っていない。
これは農業と同じです。ベテランの農家さんは、土の色と空の様子を見て、その日やることを決めます。アプリに「今日は水をやりましょう」と言われる筋合いはない、という世界です。
プロ向けは、市場が小さく、しかも本人たちが欲しがらない。二重に不利なんです。
だから狙うのは「専門家ではないのに、ちょっと怖い」場所
ここまでを整理すると、当たる場所の輪郭が見えてきます。
狙うべきは、専門家ではない、ふつうの人がたくさんやっていて、しかもその人にとって「ちょっと怖い」ことがある場所です。
登山がまさにそれでした。山登りを軽く楽しむ、専門家ではない人がたくさんいる。その人たちが「道に迷ったら怖い」と薄く感じながら、地図を見続けている。だからアプリが刺さり、しかも市場が大きい。
「大勢がやっている」と「ちょっと怖い」が同居している場所は、実はそんなに多くありません。でも、そこを見つけられたら、強い。
逆に言えば、専門家しかやらない世界や、怖くも何ともない楽しいだけの世界は、避けたほうがいい。私が今回、頭の中で消していったアイデアは、だいたいこのどちらかに当てはまっていました。
画像認識が本当にお金になるのは、「まだ誰も測っていない」とき
私の本業に近い、画像認識の話を一つ足します。
画像認識やAIは、放っておくと「すごい技術」で終わってしまいます。作っていて面白いのに、事業にならない。この差はどこで生まれるのか。
私の答えは、こうです。見なくても答えが分かることに画像認識を使っても、お金にはなりません。
たとえば、答えがもう一覧表に載っていたり、決まった数字の足し算で出てしまうこと。これをわざわざ画像認識で見て出し直すのは、すでに分かっていることを高いコストでなぞるだけです。技術のデモとしては成立しても、事業にはなりません。
画像認識が本当に効くのは、答えがどこにも存在しないときです。世界がまだ測られていなくて、その場で見て取らないとデータが手に入らないとき。ここで初めて、画像認識は「唯一の手段」になり、価値が立ちます。
見なくても分かることなら、わざわざ画像でやる必要はない。世界がまだ測られていないときだけ、画像認識はお金になる。これは、私が企画を捨てるかどうか決めるときの、強い物差しになりました。
私がいま、海の領域でこの目で確かめようとしていること
最後に、少しだけ私の話をします。
私はいま、海の領域に強く関心を持っています。もともと学生時代に、水中の映像から物の形を認識する研究をしていたので、ある意味で原点に戻っている感覚です。
海には、まだ誰もきちんと測っていない場所が、たくさん残っています。だからこそ、画像認識が「唯一の手段」になりうる余地がある。ここは、さっきの物差しに照らしても筋がいい。
具体的に何をやるかは、まだこの物差しで毎日選り分けている最中です。面白そうなアイデアが浮かぶたびに、「これは見続ける必然があるか」「ふつうの人が大勢いるか」「見なきゃ分からないことか」を当てて、ほとんどを捨てています。捨てる物差しを持てたこと自体が、今回の一番の収穫でした。
やる前に通す、3つの問い
長くなったので、私が今後の企画を判断するときに使う物差しを、3つの問いにまとめます。
何かをAIや画像認識で作ろうとするとき、この3つに「はい」と言えるかを先に確かめます。
- 専門家でない、ふつうの人が大勢やっていることか(市場が小さいプロ向けは避ける)
- その人にとって「ちょっと怖い」ことがあり、常に何かを気にしながらやっているか(楽しいだけは続かない。恐怖や安全という土台の上に、楽しいを乗せる)
- その不安が「見なきゃ分からない」ことか(足し算で答えが出るなら、画像認識の出番はない)
3つそろって初めて、技術が事業になります。どれか一つでも欠けると、「面白いけど続かないもの」か「市場が小さすぎるもの」か「わざわざ画像でやる意味がないもの」のどれかに落ちます。
思いついた企画を、3つの問いに通してみる
この3つは、頭の中だけで考えると、つい甘く判断してしまいます。私は紙に書いて、機械的に通すようにしています。
やり方はシンプルです。
まず、思いついた企画を一行で書く。「誰が」「何をしているときに」「何を助けるのか」を、具体的に書きます。
次に、3つの問いを順番に当てる。一つでも「いいえ」が出たら、その企画はいったん止めます。「ふつうの人が大勢いるか」で詰まれば、市場が小さい。「ちょっと怖いか」で詰まれば、続かない。「見なきゃ分からないか」で詰まれば、わざわざ作る意味がない。
コツは、通すために使うのではなく、落とすために使うことです。面白いアイデアほど、人は通したくなります。だからこそ、あえて厳しく落とす道具として持っておく。
私も最近浮かんだアイデアのほとんどを、この3つで落としました。落とせること自体が、前に進んでいる証拠です。
想定される疑問に、先に答えておきます
「感動やブランドで成功している会社もあるのでは?」
あります。世界観で人を並ばせるテーマパークや、熱狂的なファンを持つブランドがそうです。ただ、あれは長い時間と莫大な投資で世界観を作り切った、ほんの一握りの例外です。これから何かを始める一人が、いきなり同じ土俵で勝とうとするのは現実的ではありません。まずは生存・安全・恐怖に近いところで足場を作る方が、ずっと堅いです。
「うちはニッチな専門家向けだが、それでもダメか?」
ダメではありません。ただ、専門家向けは人数が少ないので、一人ひとりから高い金額をいただける形でないと成り立ちません。多くの人に薄く広く、という売り方とは戦い方が変わります。狙う相手の人数と、一人あたりの単価。この二つをセットで見てから決めるべきです。
「画像認識を使いたいが、何から考えればいいか?」
技術から入らないことです。どのモデルを使うか、ではなく、さきほどの3つの問いから入る。技術はあとからいくらでも選べます。先に「これは事業になる形か」を決めてしまえば、無駄な作り込みをせずにすみます。
まとめ
- 「作って面白い」「ユーザーが体験して楽しい」は、人がお金を払い続ける理由にはならない。ビジネスの土台は、たいてい生存・安全・恐怖の側にある。
- 登山の地図アプリが強いのは、命に関わるから人が常に画面を見続け、その土台の上に楽しさを乗せたから。順番が逆だと続かない。
- プロ向けは、市場が小さく、本人たちが経験と勘で回していてアプリを欲しがらないので、二重に不利。狙うのは「専門家でない人が大勢いて、しかもちょっと怖い」場所。
- 画像認識が事業になるのは、答えが既存のデータや足し算で出ないとき、つまり「世界がまだ測られていない」ときだけ。
「うちで考えているこの企画、本当に当たるんだろうか」と感じている方は、無料の30分オンライン診断で、この3つの問いを一緒に当ててみませんか。作り始める前にこの物差しを通すだけで、消えるはずだった時間とお金を、かなり救えます。
この記事の内容について、現場で整理したい方へ
AI×IoTの技術顧問として、月額契約で継続伴走しています。PoC設計・技術判断・組織設計・ベンダー管理・実装支援まで、現場で動くまで一緒に進めます。受託開発(請負)ではありません。
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