この春、新卒の採用枠を大きく絞る大手企業のニュースが続きました。
中でも目を引いたのは、大学卒・大学院卒の採用を前年から大幅に減らす一方で、工場など現場の技能職はむしろ維持・増員している会社があったことです。業績は悪くない。それでも、大卒のホワイトカラーだけを狙い撃ちで絞る。
このニュースを見て、私は「ああ、来るものが来たな」と感じました。
これまで、新卒の採用は景気の波で動いてきました。不況で絞り、好況で戻す。だから就職氷河期も、数年すれば売り手市場に回復しました。「今は厳しくても、景気が戻ればまた採用は増える」——この前提を、私たちは何十年も信じてきました。
その前提が、今回は崩れます。
理由は景気ではありません。AIです。今回はその構造と、これから学生や若い人、そして経営者の側が何をすべきかを、私自身の言葉で書きます。専門的な話はしません。採用ニュースを一つ見て、私が考えたことの整理です。
「景気が回復すれば、また売り手市場に戻る」という前提が崩れた
まず、これまでの仕組みを確認します。
会社が売上を伸ばそうとすると、これまでは人を増やすしかありませんでした。受注が増える、店舗が増える、書類が増える、調整が増える。その分、人手が要る。だから景気が良くなれば採用が増え、新卒は売り手市場になりました。
この「生産が増える=人手が要る」という連動が、ずっと採用の自動回復装置として働いてきました。
今回の採用減は、この装置が壊れ始めた最初のサインです。
景気が悪いから減らしているのではありません。好況でも、もう昔ほど人を雇い直す必要がなくなった——これが今回の本質です。だから「景気が戻れば元に戻る」は、もう期待できません。戻る仕組みそのものが消えていくからです。
昔の不況と、今の採用減は何が違うのか
就職氷河期のときの採用減は「一時停止」でした。
仕事の量は変わらないけれど、今は余裕がないから採用を止める。景気が戻れば仕事の量に対して人が足りなくなり、また採り始める。だから波が戻ってきました。
今回は「一時停止」ではなく「仕事のかたちが変わった」ことによる減少です。
これまで新人が担っていた仕事——資料を作る、数字をまとめる、議事録を残す、定型のやり取りをさばく、調べ物をする——こうした仕事を、AIがかなりの精度でこなすようになりました。会社から見れば、その分の人手がいらなくなる。
ここが決定的に違います。一時停止なら景気とともに戻ります。仕事のかたちが変わったのなら、景気が戻っても元には戻りません。
減っているのは「人」ではなく「ある種類の仕事」
さきほどのニュースで一番大事なのは、減らした職種の偏りです。
絞られたのは、大卒・大学院卒の事務系・技術系——いわゆるホワイトカラーの新人です。一方で、工場や生産を担う現場の技能職は減らしていません。
これは「人手不足だから一律で絞った」では説明がつきません。もしそうなら、現場の職も同じように減るはずです。
実際に起きているのは、こうです。机の上で完結する初級の仕事ほどAIに置き換わり、身体を使う現場の仕事は残る。 会社は、置き換わった側の採用だけを静かに絞っている。
公式の説明では「業務効率化」「人員配置の見直し」といった言葉が並びます。直接「AIのせいで」とは書きません。けれど、減らした職種の偏り方を見れば、その効率化の中身が何なのかは見えてきます。
机に向かう新人の仕事から、先に消えていく。これが今、静かに進んでいることです。
「売り手市場かどうか」は、もう景気の話ではない
ここで一番伝えたいことを書きます。
これまで「売り手市場か、買い手市場か」は、景気で決まる話でした。好況なら学生が選ぶ側、不況なら企業が選ぶ側。景気の上下で立場が入れ替わる。
これからは違います。売り手市場かどうかは、景気ではなく「あなたがコモディティ側にいるか、希少側にいるか」で決まる話に変わりました。
コモディティ側というのは、誰がやっても同じ、AIでも代わりがきく仕事をしている状態です。希少側というのは、AIにも他人にも簡単には代われない価値を持っている状態です。
同じ「新卒」「若手」という言葉でくくられていても、この2つはもう別の市場にいます。コモディティ側には永遠に買い手市場が続き、希少側には景気と関係なく声がかかり続ける。
景気が良くなれば全員の立場が良くなる、という時代は終わりました。良くなるのは希少側だけです。問いが「景気はどうか」から「自分はどちら側か」に変わった——これが今回の一番の変化です。
コモディティ側に何が起きるのか
コモディティ側に立ってしまうと、何が起きるか。
景気が良くなっても採用が戻ってきません。会社はその仕事をAIにやらせるからです。給料も上がりにくくなります。代わりがいくらでもいる仕事に、高い対価は払われません。
つらいのは、本人にはそれが見えにくいことです。
「ちゃんと働いている」「成果も出している」つもりでも、その成果がAIでも出せるものなら、市場での価値は静かに下がっていきます。雇われている間は気づきません。次の職を探したとき、はじめて気づきます。
だからこそ、景気の回復を待つのではなく、自分が今どちら側にいるのかを、早いうちに見ておく必要があります。
では、希少側には何が残るのか
希少側に残るものは何か。AIが進んでも代われないものを、私は次のように整理しています。
一つは、問題を定義する力です。「何を解くべきか」を決める仕事は、AIには振れません。AIは与えられた問いには答えますが、何を問うべきかは決められないからです。
もう一つは、バラバラなものを束ねて、結果に責任を持つ力です。人を動かし、AIを道具として使い、現場の事情を踏まえて一つの結果にまとめあげる。そして「これでいく」と決めて責任を負う。ここは人にしか担えません。
最後に、信頼です。「この人が言うなら」「この人と組むなら」という関係は、技術では代えられません。私自身、ここがいちばんの土台だと考えています。
問題を定義し、人とAIを束ねて結果に責任を持ち、信頼で仕事をもらう。これらは資格や知識のように一夜で手に入るものではありません。だからこそ希少です。
一番こわいのは「経験を積む入口」が消えること
ここからが、私が本当にこわいと感じている部分です。
希少側に必要な「問題を定義する力」も「束ねて責任を持つ力」も、机上の勉強では身につきません。現場で実際に手を動かし、うまくいかず、悩み、やり直す——その繰り返しの中で、だんだん身についていくものです。
ところが、その「手を動かす入口」が、いま消えかけています。
これまで、若い人はまず資料を作り、数字をまとめ、議事録を残し、簡単な作業を任されてきました。地味で、効率の悪い仕事です。でも、その地味な作業を通る中で、「この段取りはどこかで詰まる」「この数字はおかしい」という嗅覚が育っていました。本人も気づかないうちに、判断する力の土台ができていたのです。
その入口の仕事を、いまAIが引き受けています。
会社にとっては効率的です。新人に時間をかけて作業させるより、AIにやらせたほうが速いし安い。けれど、その地味な作業の中でしか育たなかった「判断の土台」を、若い人が積む機会ごと失うことになります。
入口が消えると、経験を積めません。経験がなければ、希少側に必要な力も育ちません。コモディティの仕事が消えること自体より、その仕事を通って人が育つ回路が消えることのほうが、はるかに深刻です。
学生・若い人に、いま本当に必要なこと
では、これから社会に出る人は何をすればいいか。
「好きなことを極めよう」とよく言われます。悪いことではありません。けれど、それだけでは足りないと私は考えています。世の中を実際に動かしている仕事の多くは、やってみるまでその存在すら知らない種類のものだからです。
大事なのは、AIに作業を任せて終わりにしないことです。
AIに資料を作らせるのはいい。でも、「なぜこの資料が要るのか」「この数字は本当に正しいのか」「この提案で人は動くのか」——そこは自分の頭で考え、自分で決める。AIを使いながらも、判断する場面を自分から手放さない。これが、入口が消えた時代に経験を積む方法です。
もう一つは、小さくてもいいから「自分が結果に責任を持つ経験」を取りにいくことです。
言われた作業をこなすだけでは、判断は育ちません。人に頼み、AIを使い、足りないところを自分で埋めて、一つの結果まで持っていく。失敗してもいい。その過程でしか、問題を定義する力も、束ねる力も育たないからです。
作業の量で勝負する時代は終わりました。これからは、AIを使い倒しながら、それでも自分が考え、自分が決める場数を、どれだけ取れるかです。
経営者の側がやるべきこと
これは若い人だけの問題ではありません。人を雇う側にも、向き合うべきことがあります。
AIで効率化し、新人の採用を絞る。一社ごとの判断としては、これはまったく合理的です。私も、その判断自体を否定しません。
ただ、全員がその合理的な判断をした先に、社会全体で「判断できる人」が育たなくなる、という問題が待っています。今のベテランが現役のうちは回ります。問題はその次の世代です。
だから、効率だけで割り切らない設計が要ります。
具体的には、AIに任せていい仕事と、あえて若い人に手を動かして通ってもらう仕事を、意識して分けることです。短期的には非効率でも、判断力を育てるための「筋トレ」として、わざと人に経験させる場を残す。AIを取り上げて昔のやり方に戻すのでもなく、全部AIに任せるのでもありません。AIを使わせながら、その上で本人に考えさせ、決めさせ、責任を持たせる。
地味で、すぐには成果の出ない取り組みです。けれど、ここを設計できる会社だけが、次の世代の希少な人材を自前で育てられます。
私自身が、いまやっていること
最後に、私の話を少しだけ書きます。
私は今、会社の看板を外し、一人の人間として仕事を取りにいく立場にいます。守ってくれる組織はありません。だからこそ、自分がコモディティ側に落ちないことに、いつも気を配っています。
私の仕事は、コードを速く書くことではありません。それはAIのほうが速い場面も増えました。私がやっているのは、お客様の現場で「本当に解くべき問題は何か」を一緒に定義し、AIや技術を道具として束ね、動くところまで責任を持って伴走することです。そして、その積み重ねで信頼をいただくこと。
ここまで書いてきた「希少側に残るもの」を、私自身が自分の食い扶持として実践している、ということです。
そして同じことが、これから社会に出る人にも求められる時代になりました。立場は違っても、問われていることは同じです。AIを使い倒しながら、それでも自分で問いを立て、自分で決め、結果に責任を持てるか。そこに価値が残ります。
まとめ
- 今回の新卒採用減は景気による「一時停止」ではなく、AIで仕事のかたちが変わったことによる構造変化。景気が戻っても、昔のように採用が自動回復する仕組みはもう働かない。
- 減っているのは「人」ではなく「机の上で完結する初級の仕事」。だから大卒ホワイトカラーが先に絞られ、現場の技能職は残る。
- 「売り手市場かどうか」は、景気の話から「自分がコモディティ側か、希少側か」の話に変質した。希少側に残るのは、問題を定義する力・束ねて責任を持つ力・信頼。
- 一番こわいのは、その力を育てる「手を動かす入口」がAIに置き換わり、経験を積む回路ごと消えること。若い人はAIを使いながらも判断を手放さず、経営者は判断力を育てる場をあえて残す設計が要る。
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この記事の内容について、現場で整理したい方へ
AI×IoTの技術顧問として、月額契約で継続伴走しています。PoC設計・技術判断・組織設計・ベンダー管理・実装支援まで、現場で動くまで一緒に進めます。受託開発(請負)ではありません。
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